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SOUTH PACIFIC (南太平洋) |
解説&ストーリー
![]() 『南太平洋』は、第二次世界大戦中の南太平洋の各地の挿話をまとめたジェームズ・ミチェナーの短編集「南太平洋物語」(1948年のピュリッツァー賞を受賞)の中から「フォー・ダラー」と「われらのヒロイン」というふたつの物語を選び、これをミュージカルにしたリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタインU世の作品で、はじめ、若い海軍士官と南海の島の娘との恋物語をテーマにした「フォー・ダラー」をテーマにして一応完成させた。だが、その結果、プッチーニの「蝶々夫人」にあまり似た内容になってしまったので、従軍看護婦と南の島の農園主を主人公にした「われらのヒロイン」を新たに付け加え、結局、こちらの方がストーリーの中心となり「フォー・ダラー」の話はエピソードとして織りこまれるということになった。 ジェームズ・A・ミッチェナー(James A. Michener)の原作は以下の作品のようにほとんど映画化されている。大洋のかなたに(1970)、ハワイ(1966)、ドノバン珊瑚礁(1962)、南太平洋(1958)、サヨナラ(1957)、トコリの橋(1955)、第八ジェット戦闘機隊(1954)、楽園に帰る(1953) 等々がある。
1949年4月7日、ブロードウェイ、マジェステック劇場オープンしてセンセーショナルな反響を生み、1954年までの5年間、1925回のロング・ランを記録した。 ロジャース=ハマースタインは1943年『オクラホマ!』を発表して以来、『サウンド・オブ・ミュージック』(1959年)までの17年間に、ブロードウェイ・ミュージカルを9篇、映画、ミュージカル、TVミュージカルをそれぞれ発表し、ブロードウェイで上演された9篇だけを見ても、上演が一番少なかった『パイプ・ドリーム』でさえ246回というロング・ランの公演であった。 ![]() 9篇のうち4篇までは4年から6年に及び驚異的な長期続演の記録を樹立したが、その4大傑作をロング・ランの回数順にあげると、『オクラホマ!』(1943年、2212回)、『南太平洋』(1949年、1925回)、『サウンド・オブ・ミュージック』(1959年、1443回)、『王様と私』(1951年、1246回)ということになり、これに『回転木馬』(1945年、890回)を加えて、ロジャース=ハマースタインの5大傑作という見方もあり、この5篇のほかに『フラワー・ドラム・ソング』(1958年、600回)の6篇までが映画化された。 『南太平洋』はロジャース=ハマースタインの第4作に当り、『オクラホマ!』に次いで大ヒットしたミュージカルである。
ミュージカルの素材につねに新しいアイデアを持ち込むことで有名なロジャース=ハマースタインの特徴が非常によく出ていて、第一作の『オクラホマ!』は西部を扱い、モダン・バレエを取り入れて大成功し、『南太平洋』は第二次大戦を扱ったミュージカルとしてユニークなものになっている。 また、『王様と私』は東洋的なエキゾティシズム、『サウンド・オブ・ミュージック』はオーストリアのローカル・カラーを取り入れ音楽的なアイデアと人間性に訴えるドラマの巧みな結び付き等、ロジャース=ハマースタインの作品が幅広い観客層に受け入れられている理由でもある。 映画化のスタッフは製作をバディ・アドラーが担当、監督にジョシュア・ローガン、脚色にポール・オズボーン、音楽監修と指揮にアルフレッド・ニューマン、補佐にケン・ダービー、編曲にエドワード・B・パウエル、バーナード・メイヤーズ、ピート・キング、ロバート・ラッセル・ベネット、撮影はレオン・シャムロイ(アカデミー受賞)が担当した。 ![]() ハワイのカウアイ島で2ヶ月に及ぶ大規模なロケーションが行われた。映像は、TODD AO 70mmの巨大スクリーンに投射された折角の美しい風景に様々なカラー・フィルターがかけられたシーンは、舞台の照明を意識したものであったと言う。 興行的には国内外で大成功し、製作費500万ドルに対し、全米配給収入だけで1850万ドルを稼いだ。 日本では1959年に公開されたが、その後の66年、69年と上映される毎に話題を呼んだ。 キャストには、農園主エミール・デ・ベック役にロッサノ・ブラッキー、彼はイタリア生れの端正なマスクで渋い二枚目の国際スタースターで、1947年、『若草物語』に出演のためアメリカに渡った。キャサリン・ヘップバーンと共演した『旅情』で女性人気を圧倒的に獲得し、以後、国際スターとしての道を着実に長いキャリアを持つ俳優。イタリアのボローニアに生まれで、大学の法科を卒業時は法律を職業にしていたが、出演していたラジオや舞台の仕事がやみつきとなったという変りダネである。 海兵隊中尉ジョー・ケーブルにジョン・カー、トンキン女ブラディー・メアリーにファニタ・ホール、その娘のリアットにフランス・ニュイェン、ブラケット大佐にラス・ブラウン、ルーサー・ビリスにレイ・ウォルストン(ロンドン公演の舞台にも出ている)が演じた。ブラッツィの歌唱はジョルジオ・トッツイ、ジョン・カーの歌唱はビル・リーがそれぞれ吹き替えたが、ケン・ダービー・シンガーズは水兵達と出演した。 (アメリカ映画 1958年 TODD-AO 70mm 158 min.) "A Wonderful Guy"
ストーリー
島内を歩くケーブルは、土産物を売るトンキン女のブラッディ・メリー(ファニタ・ホール)や、兵隊でありながらヤミ商売に精を出すルーサー・ビリス(レイ・ウォルストン)に出会うが、海は蒼くおだやかで美しく、海辺からうっすらと靄を透して見える島をブラッディ・メリーは、「神秘の島バリ・ハイ」と教えてくれ、そして、あの島はあなたを呼んでいるとも・・・。
ケーブルは島の指揮官ブラケット大佐(ラス・ブラウン)に面会し、司令部が立てた「鰐作戦」の内容を報告する。敵はガダルカナル島に兵と武器を輸送するため、マリー・ルイス島と近くの島の間にある狭い区域を利用しようとしていているので、ここを通過する時に集中攻撃をかけようという作戦だが、そのためには島に渡り、敵の様子を探って本隊と無線連絡をとる者が必要であり、勿論、ケーブル自身が行くとしても、土地に詳しく信頼のおける協力者にエミール・デ・ベックを見込んでいた。
彼がエミールの身許を知りたかったのもそのためで、このようなことからブラケット大佐は、このところエミールと親しくしているネリーに調査を依頼するのであった。ネリーは、エミールが、どうして殺人を犯かしのか聞き出し、彼が殺した相手というのは、世間の嫌われ者で、彼に襲いかかり、誤って自分自身を傷つけて死んでいったことがわかった。 エミールは、この告白をネリーに終えたとき、心の重荷が降りたかのように求婚の言葉を口にした。エミールの過去がわかったいま、ケーブルは彼に協力を頼むが、ネリーを想うエミールは耳を貸そうともしない。彼の心はネリーのことや、まだ彼女には打ち明けられずにいる二人の子供たちのことでいっぱいだったのである。 ある日、ルーサー・ビリスの案内で、「バリ・ハイ」に渡ったケーブルは、トンキン女のブラッディ・メリーに可憐な美少女を紹介された。彼女の名はリアット(フランス・ニューエン)といい、フランス人とブラッディ・メリーのあいだに生まれた娘で、その実しさはたちまちケーブルの心を捉え、リアットもまた彼に恋をする。若いふたりの心は燃えあがったが、結婚となれば話は別で、ケーブルはリアットとの結婚を持ち出されて悩んだ。両親は肌の色が違う彼女をどう思うだろうか。愛しているが、でも結婚は・・・、と、そのひと言に怒ったプラッディ・メリーは悲しむリアットを強引に連れ去ってしまう・・・。
いまにもエミールに寄せる愛も薄れかけていくかのようであった。やがて、兵士たちの尉間のための賑やかなショーが行なわれたときも、陽気に舞台で歌い踊るネリーの心は複雑で、あれほど愛した人に土地の女との関係があった事実、その女がいまはこの世にいない身とわかってはいても、傷ついた心はなおらない。 ショーを終えたあとで、花束を持って会いに来たエミールに、ネリーは転勤願いを出したことを告げるのであった。ネリーを失ったエミールとリアットが忘れられないケーブルのふたりはいま、同じ悲しみをかかえている者同士だが、やがて、あれほどケーブルに協力することを拒んでいたエミールが心を変え、敵の情勢を探るために作戦に加わることになった。 ケーブルとエミールの乗った小さな飛行機は、敵の対空射撃を受け横腹に大きな穴を開けたが、無断で乗っていたビリスはケーブルに発見され、パラシュートで飛び降りてしまう。彼のパラシュートは、たちまち、敵に発見されて、集中攻撃を受けるが、ブラケット大佐がどうあっても、彼を救えという指令で無事救出された。もっとも、アメリカ海軍がこの男ひとりのために被った損害は甚大であった。エミールとケーブルは、無事目的地マリー・ルイス島に着陸し、移動しながら情報を無線で連絡していたが、ケーブルは機銃掃射の被弾で死亡する。エミールの知らせに指令部は一瞬静まりかえった。 ネリーは、エミールを想って、いても立ってもいられなく、彼もまた、彼女のことが忘れられなくて苦しんでいる。エミールとふたりだけですごした魅惑の宵、あの日が、再び帰ってくることがあるのだろうか。ネリーは、エミ−ルの子供たちが待っている彼の家に出かけ、子供たちと共に食事をしていると、一台のジープが停まり、降りて来たのは、エミールであった。彼は帰って来た。ネリーを見つめるエミールの目は、もうあなたを離さないと語っているかのようであった。 "Happy Talk"
キャスト(役名) ロッサノ・ブラッツィ(Rossano Brazzi)(Emile de Becque) ミッチー・ゲイナー(Mitzi Gaynor)(Nellie Forbush) ジョン・カー(John Kerr)(Lt.Cable) レイ・ウォルストン(Ray Walston)(Luther Billis) ファニタ・ホール(Juanita Hall)(Bloody Mary) フランス・ニューエン(France Nuyen)(Liat) ラス・モーガン (Russ Morgan )(Capt.Brackett) ジャック・ムラニー (Jack Mullaney)(Professor) スタッフ 監督:ジョシュア・ローガン(Joshua Logan) 製作:バディ・アドラー(Buddy Adler) 原作:ジェームズ・A・ミッチェナー(James A. Michener)「南太平洋物語」より 原作戯曲:オスカー・ハマースタイン2世(Oscar Hammerstein II リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)、ジョシュア・ローガン(Joshua Logan) 脚色:ポール・オスボーン(Paul Osborn) 作曲:リチャード・ロジャース(Richard Rodgers) 音楽監修・指揮:アルフレッド・ニューマン(Alfred Newman) 撮影:レオン・シャムロイ(Leon Shamroy) 編集:ロバート・シンプソン(Robert Simpson)
"Buddy Adler" Web site "Inn of Sixth Happiness" (1958)
"Broadway Database Joshua Logan" Website "Bus Stop"(1956)
"John Kerr" Website "Tea & Sympathy"(1956)
"Ray Walston" Website Damn Yankees (1958)
"France Nuyen" Website "The Joy Luck Club" (fan) Trailer |
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解説&ストーリー



ストーリー
ケーブルは島の指揮官ブラケット大佐(ラス・ブラウン)に面会し、司令部が立てた「鰐作戦」の内容を報告する。敵はガダルカナル島に兵と武器を輸送するため、マリー・ルイス島と近くの島の間にある狭い区域を利用しようとしていているので、ここを通過する時に集中攻撃をかけようという作戦だが、そのためには島に渡り、敵の様子を探って本隊と無線連絡をとる者が必要であり、勿論、ケーブル自身が行くとしても、土地に詳しく信頼のおける協力者にエミール・デ・ベックを見込んでいた。
ミッチー・ゲイナー(Mitzi Gaynor)
看護婦ネリー・フォーブッシュを演じたのはミッチー・ゲイナーで、彼女はそんなに背(167cm)は高くないのに、驚くほど長くて美しい脚、抜群のプロポーションを持ち、1950年代のアメリカ映画界を代表するミュージカル・タレントで歌も踊りも達者、もちろん演技も抜群で、日本には1953年に公開された『ショーほど素敵な商売はない』に初登場、このときは、共演のマリリン・モンローとはまた違った陽気なヤンキー・ガールぶりが新鮮でとても魅力的であった。
ミッチー・ゲイナー出演作品
ロッサノ・ブラッツィは、1916年9月18日、エミリア・ロマーニャ州ボローニャに生まれで、4歳の時にボローニャからトスカーナ州フィレンツェに移住、サンマルコ大学に進学したが、学生時代に演劇に関心を持ち、大学卒業後、弁護士事務所に勤務していたところを認められ舞台に出演したが、ラジオやアメリカ映画のイタリア語版吹替の声優として活躍していた。