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STATE FAIR (ステート・フェア) |
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解説&ストーリー
ステート・フェアとは、年に1回、その土地の地場産業の振興をはかる共進会、ならびに住民の親善親睦を目的に行なわれるお祭りのようなもので、人集めのための数々の娯楽が提供されるが、アメリカは、18〜19世紀を中心に急速に発展した国であり、国民の多くは移民とその子孫であったのでアメリカ人としてのアイデンティティを認識するチャンスが必要ということもあった。アイオワ州を舞台にした映画『ステート・フェア』も、州および国家の讃歌を忘れてはなく郷土愛にあふれたストーリーが展開される。 映画『ステート・フェア』は3本製作され、最初の作品は1933年にフィル・ストロングの原作をもとに、ヘンリー・キングが映画化し、地方色とユーモアのセンスにあふれた作品として評判が高く、これをミュージカル映画としたものが本作品で、1962年にホセ・ファーラーが再映画化したものがある。 時は現代、場所はアイオワ、主人公は農業を営むフレイク家の家族ということは3作の共通点だが、しかし、作品ごとに中心人物は少し変わり、第1作ではブタの品評会に夢中になる父親エイベル、第2作は恋に目覚めた長女のマージイー、第3作では歌が自慢の長男ウェインとなっている。プレイク家は父親エイベル、母親メリツサ、長男ウェイン、長女マージイーの4人で、ウェインはエミリーに、マージイーはパットに恋をする、というのも大体が同じ筋立て、キャストの変遷を見てみると下記のようになっている。
この作品は、アメリカン・テイストやスピリットに溢れたミュージカル化で、オスカー・ハマースタインU&リチャード・ロジャースが初めて映画のために歌を書きおろした記念作品であり、また、20世紀フォツクが売り出し中のスター、ジーン・クレイン、それに実力、人気ともにフランク・シナトラと双璧の歌手ディック・ヘイムズが共演している。 3作ともこの映画は20世紀フォックスが製作したが、ダリル・F・ザナックは、ブロードウエイの舞台で『オクラホマ!』を大ヒットさせたロジャース&ハマースタインに歌作りを直接に依頼した。そして主演にジーンを起用されたのは、本作品の製作の前年1944年『勝利の園』で彼女の力量を認めたためで、その後にも『哀愁の湖』(1945年)、『三人の妻への手紙』(1949年)、『ピンキー』(1949年)、『紳士はブルーネット娘と結婚する』(1955年)などに出演した。 しかも『ステート・フェア』は、美人コンテストに優勝したこともある彼女が19歳の時の作品でその美しさは輝いていて、また、原作がシンプルで、6つのミュージカル・ナンバーが、巧みにリピートされたえず美しいメロディが流れる素晴らしい効果をあげている。 さらに、明るく、ユーモアのセンスにあふれているという点で『ステート・フェア』は、ウォルター・ランク監督の持ち味が生かされた作品で、人工美を極めた感のあるMGMミュージカルに対し、20世紀フォックスのはごく自然な感じのするミュージカル映画で、この映画の成功によって、ランクは後にロジャース&ハマースタインUの『王様と私』、アーヴインク・バーリンの『ショウほど素敵な商売はない』を撮り、フランク・シナトラを使ったコール・ポーターのミュージカル『カンカン』も撮っている。 It Might As Well Be Spring 舞台となったアイオワ州の北はミネソタ州、その北の先はカナタで西側はサウス・タコタ、ネブラスカ州に接し、南はミズーリ州で、ニューオーリンズから北上してきた大河、ミシシッピ川によって、東側のイリノイ州と区切られ州都はデモイン。1846年12月28日に29番目の州となった。 そのニックネームはホークアイ(タカの目)・ステート、州が掲げるモットーは"Our Liberties We Prize, and Our Rights We Will Maintain" 「自由を尊び、その権利を守る」というもので、ワイルド・ローズ、ごしきヒワ(イースタン・コールドフィンチ)、樫(オーク)等が州のシンボルとなっている。州歌は「ザ・ソング・オブ・アイオワ」。先祖であるインディアンはオマハ、ポウニー、アイオウ族が住んでいたが、19世紀からはドイツ、北欧、イギリス、オランダから多くの移民が住みついた。広さは約14万キロ平米で、北海道の2倍、その8割以上が耕地という農業の州、牛と豚(大きいフォッグと呼ばれる)「映画に出てくるブルー・ボーイ」の最大の産地である。 執筆活動は東部のニューヨーク、コネチカット、それにフィラデルフィアであったが、撮影は全部がカリフォルニアで行なわれた。この映画で最大のヒットは主題歌の"It Might As Well Be Spring"で、見事にアカデミー賞最優秀主題歌賞を受賞したが、ロジャース&ハマースタインの歌作りの美しさと、歌うジーンの魅力が相乗効果を発揮し、しかもこの歌は、最初はメランコリーな気分の彼女の心を反映し、やがてパットと知り合い素晴らしいラヴ・ソングへと大変身していく。 リチャード・ロジャース(1902〜79)は、1920年代に入るとブロードウェイの舞台を中心に、作曲家として活躍している。当初はロレンツ・ハート(作詞家1895〜1943)とのコンビで売り出し、映画は短編ながら1929年の『メロディの創り手たち』 (Makers of Melody)で、彼らのヒット「マンハッタン」を紹介したのが最初の出会いとなった。
それ以来、彼らと映画とのつき合いは数多いが、ほとんどの作品にロジャースは満足していなかった。1943年に初めてオスカー・ハマースタインU(作詞家1895〜1960)とコンビを組み、『オクラホマ!』で絶賛を博していた頃に、『ステート・フェア』のミュージカル版の映画の話が持ち込まれた。ザナックの熱意に押されてOKしたものの、ロジャース&ハマースタインが映画のために書きおろしたのは、これが最初にして最後のことである。 結果的には、アメリカを代表するミュージカルの作家コンビ、ロジャース&ハマースタインUにとっては唯一の、しかし大変に出来のいい書きおろしのミュージカル映画となった。 これは彼らのヒット作『オクラホマ!』から『回転木馬』、『王様と私』、『南太平洋』、『サウンド・オブ・ミュージック』などを豪華キャストで映画化したのとは根本的に相違し、あくまでも映画のためのミュジーカルである。映画ではライブと違って歌手は他人の場合も多く、この映画では、ジーン・クレインの歌は、ルーアン・ホーガンが受け持ったが、1946年の『100年目の夏』(Centennial Summur)(ソフト未発売)でも、ジーン・クレインの歌を吹き替えている。 吹き替えで有名なのは、マーニ・ニクソンが知られ、『王様と私』のデボラ・カー、「マイフェアー・レデイ」のオードリー・ヘップバーン、『ジプシー』のナタリー・ウッドなどを彼女が吹き替えている。また、リタ・ヘイワースが「ギルダ」で歌った「プット・ザ・プレイム・エリス」はアニタ・エリスが、『脱出』のホーギー・カーマイケルのピアノで歌うローレン・バコールの歌声は、10代のアンデイ・ウイリアムスが吹き替えた。 1954年度アカデミー賞は、歌曲賞「春の如く」(It Might as Well Be Spring)受賞。 (アメリカ映画 1945年 20世紀フォックス color 101 min.)
風に揺れる柳のように心が揺れる操り人形みたいに頼りない春の"スプリング・フィーバーというものか、でも今は心を悩ます春ではないと「春ではない」「春ではない」と否定しながら、「でも春のように」と心をときめかす。どこか他の土地に行ってみたい、見知らぬ街を歩いてみたい、今までに耳にしたことのない言葉を、知らない人が話す言葉を聞きたいの、夢を織る蜘味のように私は忙しい、ブランコに乗った子供のようにはしゃぎまくる、春を告げるクロッカスもバラのつばみも見ていないし飛び回るコマドリも見ないけど、メランコリーな気持ちは妙に明るいの、まったく春になったみたいだとマージイーが歌う。 やがて、共進会場へ家族揃って出掛け、そこでマージイーは新聞記者のパット・ギルバード(ダナ・アンドリュース)に出会うが、彼は都会ずれがしている皮肉屋だがマージイーは好意をよせ、彼もまた純情な彼女に惹き付けられ、歌が得意の息子のウェイン(ディック・ヘイムス)も歌手のエミリー・エドワーズ(ヴィヴィアン・ブレイン)と知り合いとなる。
STATE FAIR(Its A Grand Night For Singing)You Tube Site
共進会ではブルー・ボーイは見事に一等の栄冠を獲得、メリッサの出品したミンスミートも優等賞に輝いた。だが、パットが急に姿をくらましてしまって、エミリーは結婚しているという、マージイーもウェインも失望してしまう。どうやら賭はデーヴの勝ちになりそうであったが・・・。 パットはシカゴの新聞社に勤務するために電報で呼ばれたためであったが、ある日、パットは、マージイーの住む町にやって来て彼女にプロポーズをし、ウェインは純真なエリナー(ジェーン・ナイ)を連れてフレイク家へ帰って来る・・・。 Shirley Jones singing "It Might as Well be Spring" from State Fair as a guest star on "The Danny Thomas Show."
キャスト(役名) ジーン・クレイン(Jeanne Crain)(Margy Frake) ダナ・アンドリュース(Dana Andrews)(Pat Gilbert) ディック・ヘイムス(Dick Haymes)(Wayne Frake) ビビアン・ブレイン(Vivian Blaine)(Emilly Eswards) チャールズ・ウィニンジャー(Charles Winninger)(Abel Frake) フェイ・ベインター(Fay Bainter)(Melissa Frake) ドナルド・ミーク(Donald Meek)(Hippenstahl) フランク・マクヒュー(Frank McHugh)(McGee) パーシー・キルブライド(Percy Kilbride)(Dave Filler) ジェーン・ナイ(Jane Nigh)(Eleanor) スタッフ 監督:ウォルター・ラング(Walter Lang) 製作:ウィリアム・パールバーグ (William Perlberg) 原作:フィリップ・ストロング(Philip Strong) 脚本:オスカー・ハマースタイン2世(Oscar Hammerstein II)、ソニア・レヴィーン(Sonya Levien)、ポール・グリーン(Paul Green) 音楽:リチャード・ロジャース(Richard Rodgers) 作詞:オスカー・ハマースタイン2世(Oscar Hammerstein II) 音楽監督:アルフレッド・ニューマン(Alfred Newman)、チャールズ・ヘンダーソン(Charles Henderson) 撮影:レオン・シャムロイ(Leon Shamroy)
"William Perlberg" Website "Miracle On 34th Street" (1947)Trailer
"Walter Lang" Website Connie Marshall "Hitty" With John Payne, Maureen O'Hara, William Bendix Scene from "Sentimental Journey" (1946)
"Dick Haymes" Website Speak Low en One Touch of Venus(1948)
"Vivian Blaine" Website "Take Back Your Mink" Guys and Dolls(1955)
"Charles Winninger" Website "Showboat" (1936) |
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解説&ストーリー
ウェイン……@ノーマン・フォスター
ジーン・クレイン(Jeanne Crain)
ジーン・クレイン出演作品
ハイジャック(1972)、暴走52マイル(1966) 、大爆破(1960)、抱擁(1957) 、必殺の一弾(1956) 、紳士はブルーネット娘と結婚する(1955) 、星のない男(1955) 、ジャングルの決闘(1953) 、人生模様(1953) 、一ダースなら安くなる(1950) 、ステート・フェア(1945)、哀愁の湖(1945) 、勝利の園(1944)
ダナ・アンドリュースは、1909年1月1日、ミシシッピ州コリンズに生まれた。ヒューストンの大学でビジネスを学び経理の仕事に就いたが、歌手になるためにロサンゼルスに移住し、さまざまな仕事をしながらパサデナ・プレイハウスで演技を学んだ。やがて、31歳の時、ウィリアム・ワイラーの『西部の男』(1940年)に出演するチャンスを掴み、その後、タバコ・ロード(1941)、スワンプ・ウォーター(1941)、ローラ殺人事件(1944)、ステート・フェア(1945)や我等の生涯の最良の年(1946)等々に出演し幅広いジャンルで活躍した。1992年12月19日、83歳で永眠。
